【働き方】会社を辞めて、また働きたいと思った理由。雑貨屋のアルバイトから在宅ワークまで
退職して専業主婦になり、ほっとしたのは最初の数か月だけでした。また働きたいと思った5つの理由と、雑貨屋のアルバイトで合わない場所を知り、在宅ワークにたどり着くまでの道のりです。
ママ友がいない。それでも、いいかなと思っている話
親しいママ友が一人もいない。出産前後がコロナ禍で、集まりごとが消えたから。少し寂しい気持ちもあるけれど、今はこれでいいと思っている。
生後2か月の息子を、3日間乳児院に預けた話
息子が生後2か月のとき、保健師さんのすすめで市の乳児院に3日間預けました。当時の記憶は、ほとんどありません。眠れなかった日々と、雨の迎えの日。5年経った今、はじめて言葉にしてみます。
お風呂で呼び出された、母との古い記憶
シャワーが苦手な息子にお湯をかけるとき、手で温度を確かめている自分に気づきました。母が昔、私にしてくれていたことと同じでした。忘れていた記憶が、お風呂で急に戻ってきた話です。
【働き方】会社員を辞めた日。背中を押したのは、過去の自分でした。
産後、急な保育園の呼び出し、夜泣き、判断ミス。体力も心も限界でした。それでも辞めるのは怖かった。背中を押したのは、不妊治療の頃の自分の声でした🌸
母親(両親)学級ゼロ、不安な知識のまま出産へ。〜コロナ禍出産の話〜
2021年、コロナ禍に息子を出産しました。両親学級(お母さんお父さん教室)は全部中止。「3時間おきにミルク」すら知らないまま出産した私の、孤独で必死だった新生児期の話です。同じ時期に親になった方へ。
父の日に、夫がしてくれていることを数えてみた話
父の日。義父には毎年、好きな麦焼酎を送ります。息子はまだ父の日が何なのかピンと来ていない様子。息子から見た夫はどうなのか。夫がしてくれていることを数えてみました。
眠れなかった新生児期、小児科の先生がくれた1時間
眠れない新生児期、近所の小児科の先生が「少し休んで」と私を1時間ベッドで寝かせてくれました。生まれたころから支えてもらった地域の小児科への、感謝の話です。
ひとりっ子と決めた日。発達凸凹の息子と、私の選択。
8年かけて授かった息子。それでも私は、ひとりっ子で育てると決めました。発達凸凹の育児、40代の体、亡き母の生き方——たくさん迷った末にたどり着いた、わが家の選択の話です。
何度も転園を考えた。最後に答えをくれたのは、息子の笑顔だった。
息子の「居場所」を探して、私立保育園から公立保育園、そして幼稚園へと何度も転園を考えました。申し訳なさと迷いの日々。さんざん悩んだ末に答えをくれたのは、今の園で笑う息子の姿でした。
母が亡くなったあとに、息子を授かった話
長い不妊治療の末に授かった息子。でも、その子をいちばん喜んでくれるはずだった母は、もういません。「ばあばが生きてたらね」と、息子の顔を見ながら思う日の話です。
新生児の指を深爪した夜。完璧な母じゃなくていいと気づいた話
新生児の爪を切ろうとして、指を深爪してしまった。義両親の前で、血の気が引きました。「私、母親失格だ」と落ち込んだ夜。でも、そんな失敗もぜんぶ、母になっていく道のりでした。