息子の「居場所」を探して、わが家は何度も転園を考えました。
私立保育園から、公立保育園へ。
そして一度は、幼稚園への転園も決めかけました。
今日は、さんざん迷ったあの日々の話を、正直に書きます。
🏫 最初の転園は、3歳のとき
息子が最初に通ったのは、私立の保育園でした。
しっかりした方針の園で、息子には少し厳しい環境でした。
3歳のとき、加配の先生がついてくれる公立保育園に移りました。
息子のペースを見てもらえる。ほっとしたのを覚えています。
(加配保育を選ぶまでの話は、別の記事に詳しく書いています)
でも——その安心は、長くは続きませんでした。
📋 「働いていないのに、申し訳ない」
信頼していた園長先生が、急に異動になりました。
息子は朝礼やお遊戯の輪に、なかなか入れませんでした。
そして、私の中にずっとあった気持ち。
保育園は、働く親のための場所。
仕事をしていない私が預けていることに、申し訳なさを感じていました。
傷病の理由で枠を頂いていたので、
診断書をもらいに病院へ通うのも、しんどかった。
「堂々と、預けられる場所はないだろうか」
そう思って、幼稚園や認定こども園への転園を考えはじめました。
🌧 迷って、迷って、決めきれなかった
でも、転園は簡単ではありませんでした。
地元の幼稚園には「加配は対応できません」と断られました。
加配の先生からは「幼稚園はついていけず、ストレスになる」と反対されました。
母親の都合で、また息子の環境を変えていいのか。
何度も転園させて、申し訳ないんじゃないか。
誰に相談しても、違う方向を指さされる。
正解が、どこにも見つかりませんでした。
🌸 ひとりの園長先生の言葉に、救われた
そんなとき、義父母の家の近くにある認定こども園が、面談をしてくれました。
園長先生は、こう言ってくれたんです。
「小さい子が動き回るのは、当たり前ですよ。
お子さん、とても優秀じゃないですか」
涙が出ました。
診断書を、申し訳なさを、ずっと抱えてきた私には、
息子がそのまま肯定された、はじめての瞬間でした。
ここに移ろう。一度は、そう決めました。
🍀 最後に答えをくれたのは、息子だった
転園の手続きを進めながら、いつものように息子を園に送りました。
すると、息子が——。
とても嬉しそうに、お友だちのところへ駆けていったんです。
楽しそうに、笑っていました。
その姿を見た瞬間、自然と涙がこぼれました。
胸が、締めつけられました。
この子は今、ここで幸せなんだ。
私は、転園をやめました。
🌸 優柔不断な母で、ごめんね
あれだけ迷って、決めかけて、最後にやめる。
優柔不断な母で、息子には申し訳ないと思います。
でも、答えは決まりました。
「申し訳なさ」を消すために環境を変えるんじゃなくて、
私のほうが、働く道を探そう。
そう決めて、私はライターの仕事を始めました。
今、こうしてブログを書いているのも、あの日の決断の先にあります。
居場所を探して迷っている方へ。
正解は、専門家でも、制度でもなく、
案外、わが子の笑った顔の中にあるのかもしれません。
あなたとお子さんの「ここでいい」が、見つかりますように🌸