【発達凸凹育児】せめて卒園まで乗れるカートがほしい。スーパー買い物のリアル
スーパーのカートに乗れるのは3歳ごろまで。乗れなくなった息子は、店内を走り回るようになりました。Threadsで教えてもらった作戦と、わが家の乗り切り方をまとめました。
特性のある子どもとの日々を、ありのままに。
スーパーのカートに乗れるのは3歳ごろまで。乗れなくなった息子は、店内を走り回るようになりました。Threadsで教えてもらった作戦と、わが家の乗り切り方をまとめました。
年長になった息子は、壁や服の模様を指でなぞって迷路にします。始まりは絵本の背表紙。うまくいかず癇癪を起こしたときの、わが家の「逆なぞり」対処も書きました。
お盆の帰省、わが家はしません。義実家とは月に1〜2回ごはんを食べているし、長期休みはどこも混んでいるから。行列と大きな音が苦手な息子と、わが家なりのジジババとのつきあい方を書きます。
うがいが苦手で、歯磨きのあとはコップの水を飲んでいた息子。保育園で始まったフッ素うがい(フッ化物洗口)に挑戦したら、数日で25秒ぶくぶくできるように。制度の中身と、連絡帳の報告の話です。
息子が0歳のとき、私の歯磨きが未熟で歯石がついてしまい、歯医者さんに注意されて落ち込みました。「大きくなったら取ろう」から5年。歯石が取れる日まで成長した息子と、救われた私の話です。
産後、急な保育園の呼び出し、夜泣き、判断ミス。体力も心も限界でした。それでも辞めるのは怖かった。背中を押したのは、不妊治療の頃の自分の声でした🌸
保育園の「雨降り散歩」に備えて、長靴を取り寄せました。普段16〜17cmの息子に、あえて大きめの18cmを選んだ理由と、脱ぎ履きに戸惑った息子が自分でできるようになるまでの話です。
2021年、コロナ禍に息子を出産しました。両親学級(お母さんお父さん教室)は全部中止。「3時間おきにミルク」すら知らないまま出産した私の、孤独で必死だった新生児期の話です。同じ時期に親になった方へ。
息子の血液型がわかったのは、5歳でした。産院で調べられたのに、ある言い伝えを信じて先延ばし。結果はアレルギー検査のついでに判明。採血で大泣きした息子を見て「もっと早くてもよかった」と思った話です。
美容院で泣いて切れない、バリカンも拒否。散髪は夫がお風呂で担当していました。紹介された美容院は予約が取れず、ホットペッパーで探し直し——キッズスペースのある美容院で「攻め」てみた記録です。
運動不足解消に、子どもと歩ける施設へ。療育手帳があれば親子で無料、LINE登録で半額になる日もあります。でも森のチェーンソー音で、聴覚過敏の息子が進めなくなることも。わが家のお出かけ事情を書きます。
産前は1日1万歩。産後はすっかり運動不足になりました。そこで5年ぶりにゲーム機を購入。Fitボクシングで体を動かしています。子どもと一緒に遊びたいけど、依存も心配。わが家の運動不足対策の話です。